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水戸地方裁判所 昭和51年(ワ)376号 判決

原告 小森勝一 ほか一名

被告 国 ほか一名

代理人 大坪昇 日出山武 村田英雄 荒蒔洋一郎 ほか六名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨(原告ら)

1  被告らは連帯して原告小森勝一(以下「原告勝一」という。)に対し金一、一八六万八、二〇八円、原告小森カツ子に対し金一、一四六万八、二〇八円及び右各金員に対する昭和五一年一一月一九日(本件訴状の副本が被告らに送達された翌日)以降支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告ら)

主文と同旨。

(被告国)

右のほか仮執行免脱宣言。

第二当事者の主張

一  請求原因(原告ら)

1  (本件事故の発生)

原告らは訴外亡小森宏幸(当時五歳、昭和四五年八月二一日生、長男、以下「宏幸」という。)の両親であるところ、宏幸は昭和五一年二月一四日保育園から帰宅後、友人一名と共に遊びに出かけ、同日午後四時ころ、茨城県那珂郡大宮町三美一二〇八番地先の那珂川に設置された小場江堰頭首工(以下「本件堰」という。)の付近で遊んでいたところ、右頭首工と那珂川左岸(上流から下流に向つて左右という。)との間に設置された魚道西端部付近の水深部に転落して溺れ、間もなく同堰の工事に来ていた工事関係者に発見されたものの、同日午後五時三五分ころ死亡した(以下「本件事故」という。)。

2  (被告らの責任)

(一) 本件堰は那珂川の水を農業かんがい用水に利用するため前記場所に水門を設置して水の流れを堰止め取水する目的で設置されたものであり、被告小場江堰土地改良区(以下「被告改良区」という。)が所有し、管理しているものである。

(二) 那珂川は一級河川であり、同河川の管理は被告国の行政機関の建設省の長である建設大臣が行う。

(三) 本件堰は一方で取水目的の施設であるが、他方で床止めを含む堰自体が那珂川の流れの安全確保の機能を営んでいるので、河川法上の兼用工作物(同法一七条)であるから、被告改良区及び建設大臣の共同管理の下にあるものである。

(四) 本件堰の存在によつて河川の自然の流れを変更して留水すれば、その場所の水深が深くなり転落等による人身事故が発生するおそれがある。しかも本件堰付近には割烹店があり、人の出入りも少なくなく、また人家にも程遠くないため子供たちが遊びに来ることもまれでなく、魚釣場としても知られているので常時人が集まる場所である。したがつて、被告らは本件堰の水深部に人が転落するおそれの十分存することを予想できたのであるから、これを防止するための措置を講ずべき注意義務があるのにこれを怠り、魚道と岸壁との間の堤のある辺りに事故防止の柵などを設置して転落などを防止すべき措置を講ぜず、また、公道から本件堰へ下りる階段の出入口を開放したままの状態で放置した。したがつて、河川ないし営造物(工作物)の管理ないし保存につき瑕疵がある。

(五) 宏幸の那珂川への転落死亡した本件事故は、右のとおり、被告改良区及び被告国の河川ないし営造物の管理ないし保存についての瑕疵に基づくものであるから、被告らは連帯して原告らに対し本件事故による後記損害を賠償する責任がある。

3  (本件事故による損害)

(一) 宏幸の損害と相続

(1) 得べかりし利益 金一、六九三万六、四一六円

計算式は次のとおり。

126,700円(新高卒者平均月額給与)×12ヶ月+432,600円(新高卒者平均年間償与)×(1-0.5生活費)×17.344(新ホフマン係数)

(2) 原告らの各相続分 各金八四六万八、二〇八円

原告らは宏幸の両親であるところ、同人の死亡により右(1)の損害賠償債権の二分の一づつを相続した。

(二) 原告ら固有の損害

(1) 原告勝一は、宏幸の葬儀費として金四〇万円以上の出捐をしたが、そのうち金四〇万円を請求する。

(2) 原告らは、本件事故により長男宏幸を失つたことにより計り知れない精神的苦痛を受けた。これに対する原告らの慰謝料としては各金三〇〇万円を以て相当とする。

4  (結論)

よつて、原告らは国家賠償法二条一項ないし民法七一七条一項、同法七一一条、同法七一九条一項に基づき請求の趣旨記載の判決を求める。

二  請求原因に対する認否及び主張(被告改良区)

1  請求原因1のうち、原告らが宏幸の両親であること、宏幸が昭和五一年二月一四日、本件堰の魚道西端部付近の水深部に転落して溺死した(本件事故が発生した)ことは認めるが、その余の事実は知らない。

2  同2(一)及び(二)の事実は認める。

被告改良区は地区内の土地改良事業を行うことを目的として昭和二四年に設立されたものであるが、右事業に付随して従来から小場江堰をもつてかんがい事業を行つてきたが、鉄線、蛇籠等による取水堰であつたため、洪水毎に被害を受けていた同堰を本格的な取水施設に築造することを計画して、本件堰を茨城県に完成してもらい(昭和四五年三月三一日完成)、同県から昭和四六年六月三〇日付で譲与を受けて、その後同堰を管理している。

3  同2(三)のうち被告改良区が同堰を管理していることは認めるが、その余の事実は知らない。

本件堰は水田かんがい用水の取水目的に供せられるものであるが、河川管理の施設ではなく、原告ら主張の兼用工作物でもない。

4  同2(四)の事実は否認する。

本件堰は従来から堰が存在していたところに新しく設置されたものであり、水流を堰止めれば水量が増して水深に変化を生ずるが、子供らが同堰付近で水遊びすることは親から固く戒められていた。本件堰には舟通し及び魚道が付帯設置されているが、舟筏の航行や遡魚に支障をきたすので、その辺りに立寄る者はなかつた。茨城県、大宮警察署、内水面漁場管理委員会、那珂川漁業協同組合は右魚道を中心として上流五〇メートル、下流一〇〇メートルの地域を水産資源保護法上の禁漁区と定め、採捕禁止の制礼を右魚道付近に設置している。原告ら主張の割烹店は人は居住せず常時開いているわけでない。本件堰から原告らの居宅までの距離は約一キロメートルくらいあり、その間には人家はない。本件堰の東北方向は西坪部落があるが、ここに至るまでの約一・五キロメートルの間には全く人家がない。

大体、原告らは、「河岸に転落防止用の柵を設置すべきであつた」と主張するけれども、洪水時の流木等による被害を考えると、河岸に柵等があつてはならないことは当然である。

また、原告ら主張の本件堰へ下りる階段は、大宮町の町道一九七〇号線の路線上にある。つまり、元来右町道は、崖の斜面に位置していて通行が容易でなかつたところから、被告改良区において同町と協議のうえ階段を造り、これを町道の用に供したものである。町道である以上、右階段の出入口は常に開放されていなければならない。

以上の点からしても、本件堰の管理ないし保存に瑕疵があるとの原告らの主張は失当である。

5  同2の(五)の事実は否認する。

本件事故当時、宏幸は本件堰左岸のコンクリートブロツク敷辺りでブーメラン(玩具)を川面上空に投げて遊んでいたところ、右ブーメランが魚道西端付近の水面に落下したためそのブーメランを拾い上げようとして、本件事故当時、岸壁から舟通しと魚道との間の障壁に渡されていた足場板を渡り、さらに一番西側の魚道の仕切上に積まれてあつた土のうをつたつて魚道西端のコンクリート部分に降り立ち、右ブーメランを拾い上げようとしたところ、足を踏み外し、水深部に転落したものである。右足場板及び土のうは当時、茨城県の発注により右魚道の延長工事及び頭首工護床工事を施行していた訴外株木建設株式会社(以下「株木建設」という。)の作業員が同工事の便宜上置いたものである。幼い宏幸が河岸から舟通し、魚道を経て転落場所に到達できたのは、右足場板や土のうが置かれていたからである。そうすると、仮に本件堰の管理ないし保存に原告ら主張の瑕疵があつたとしても、右瑕疵と宏幸の転落、溺死との間に因果関係はないことになる。

6  同3及び4は争う。

三  請求原因に対する認否及び主張(被告国)

1  請求原因1のうち、原告らが宏幸の両親であること、宏幸が昭和五一年二月一四日、本件堰の魚道西端部付近の水深部に転落して溺死した(本件事故が発生した)ことは認めるが、その余の事実は知らない。

2  同2(一)及び(二)の事実は認める。

本件堰は、訴外茨城県が那珂川流域の田のかんがい用水の確保を目的として、昭和四四年九月二六日建設大臣の河川法二四条及び二六条の許可を得たうえ県営圃場整備事業として工事を実施し、昭和四五年三月三一日完成させたいわゆる許可工作物である。本件堰の管理は、被告改良区が昭和四六年六月三〇日右茨城県からその所有権の譲与を受けて以来、専ら同被告において行つている。

3  同2(三)のうち、被告改良区が同堰を管理していることは認め、その余の事実は否認する。

本件堰及びこれに付帯する施設は、被告国の設置または管理する公の営造物ではない。即ち、一般に、治水上の効用を有しない施設等が河川区域内に存在することは、洪水等による災害の発生を防止し、流水の正常な機能を維持するという河川本来の目的からすれば好ましいことではない。それ故、本件堰のような施設等を設置するに当つては河川管理者の許可を要し(河川法二六条)、その施設等の構造は河川の状況などを考慮した安全なものでなければならない(同法一三条)こととされているばかりでなく、法は右許可後においても河川管理者に一定の監督処分の権限を与え(同法七五条)、もつて河川管理の適正を期しているが、このことから直ちに河川管理者が当該施設自体について直接に管理権を有するとはいえない。即ち、河川管理者以外の者の設置にかかる施設や工作物は、これを設置した者又はその権利を承継した者が自己の判断と責任において管理すべきであつて、河川管理者といえども右設置者の管理権に介入することは許されない。ただ、右施設等が一面において発電やかんがい用水の取水等の本来の目的に供されるとともに、他面において流水によつて生ずる公害を除却し又は軽減するなど治水上の機能をも有する場合には、当該施設の管理者の同意を得て河川管理施設(同法三条二項但書)として、あるいはいわゆる兼用協定を締結して兼用工作物(同法一七条一項)として、河川管理者もこれを維持管理することがあるにすぎない。ところで、本件堰については堰付近の那珂川の流水は極めて緩やかであり、河床の変化も少ないので、この箇所に堰を設置して治水上の効用を求めなければならない自然条件下にはない。尤も本件堰直下流からおよそ一五ないし九〇メートルの位置にある床止め(護床工)は、流水による河床の洗堀を防止する機能を果しているが、本来堰本体の安全性を保持するために施行されているものであるから、これに対する管理も堰本体と一体化して被告改良区において行うべきものである。また、被告国側において被告改良区に対し本件堰を前述のような河川管理施設あるいは兼用工作物として維持管理するための同意や協定を求めていない。

なお本件堰の付帯施設としての第一階段は、茨城県が昭和四七年度県営圃場整備事業として昭和四八年三月下旬から四月上旬にかけて設置したものであり、被告改良区は同年一〇月一一日県から本件堰の他の付帯施設と共に譲与を受けた。以後、同階段は被告改良区が本件堰を管理するための通路として使用しており、河川管理施設ではない。また、同階段の設置場所は那珂川の河川区域外の地域であつて、被告国の管理下にはない。

以上の次第で、本件堰及びこれに付帯する施設は、被告国の管理する公の営造物に当たらない。

4  同2(四)のうち、公道から本件堰へ下りるため第一階段が設けられていたことは認めるが、その余は争う。なお、右階段下には被告改良区により金網柵が設置されていたが、通行のため第二階段の幅だけ柵が連続していない。右各階段は被告改良区の職員の出入りのため設けられたもので、一般人の通行の用に供されていたものではない。

ところで、一般に、「公の営造物の設置又は管理に瑕疵がある」とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、それは通常予想される危険に備えていれば足りるのであつて、あらゆる事故に備えて絶対の安全性まで要求されるものではない。この通常有すべき安全性を考えるに当たつては、当該営造物の構造、用途、場所的環境、利用状況等を総合的に勘案した上判断されるべきものである。

河川の場合についていえば、そもそも河川はいわゆる自然公物であつて、自然に存在する状態で自由使用に供されるものであるから、河川が内包する危険に対しては、これを利用する者において自らの判断と責任において対処すべきものであり、また河川管理の本来の目的は、洪水等による災害の発生を防止し、河川が適正に利用され及び流水の正常な機能が維持されるようにこれを総合的に管理することによつて国土の保全と開発に寄与し、もつて公共の安全を保持し、かつ、公共の福祉を増進することにある(河川法一条)。本件事故のような河川への転落を防止することは、いわば二義的なものというべきで、これに関しては特段の事情が存しない限り国等河川管理者は管理責任を負うものではない。

本件についてこれを見るに、本件堰は、農業用かんがい用水確保の目的で設置された鉄筋コンクリート造りの堰であつて、その構造は取水量、耐久力等この種の堰を設置するうえで一般的に考慮すべき事項を検討のうえ合理的に設計、施工された安全性の高いものである。場所的環境として本件堰は那珂川の河口から約三六・五キロメートル上流地点の左岸側に設置されているが、同川岸には幅二〇ないし三〇メートルの高水敷が存在し、それに続いて高さ約三〇ないし四〇メートルの天然の崖がそそり立ち、崖の斜面には崖上から前記川岸に至る長さ約五五メートルの第一階段及び長さ約一二メートルの第二階段が設置されている。崖上には原告ら主張の割烹店(ここには人は常住せず、季節的には会合が開かれるが、その頻度は少ない。)が一軒存在するほかには付近には住家もなく、遠く四〇〇メートルほど離れた場所に一軒、それより遠方に二、三軒散在するにすぎず、原告らの住居は右崖上から約一キロメートル隔たつた位置にある。また本件堰の上流五〇メートル、下流一〇〇メートルの区域は、茨城県内水面漁業調整規則により、鮎等の増殖を図るため昭和四八年二月一日禁漁区の指定がなされている。本件堰付近には公園、遊び場等の公共施設なども設けられておらず、却つて本件事故現場付近には、「あぶないからこの川の近くで遊ばないこと」と記載した立看板も存置されていた。かつて、本件堰付近で転落事故は一度もなかつた。本件事故当時、流水を堰止めていたことにより事故現場付近の水位が高くなつていたが、その危険は外観上容易に看取し得る状況下にあつたから、これに接近する者は自らの判断で容易に転落の危険を回避できたのであり、そのように期待しても不合理ではなかつた。

以上のとおり、本件堰及びその付近の状況からは、本件のような転落事故の発生することを一般的には全く予想し得ない環境下にあつた。したがつて、仮に本件堰が被告国の管理する公の営造物に該当するとしても、被告国には本件事故現場付近に防護柵を設置すべき義務はなく、被告国の本件河川の管理には何らの瑕疵もない。

5  同2の(五)は争う。即ち、宏幸は当時友人一人と共に本件堰付近の河原に下り、ブーメランを飛ばして遊んでいたところ、右ブーメランが河面に落下したので、魚道付近に下りてこれを拾い上げようとして水中に転落したものと推測される。右転落事故は宏幸自身の行為に起因するものというべきであり、仮に原告ら主張の河川の管理に瑕疵があるとしても、河川管理の瑕疵に起因するということはできないのであるから、右瑕疵と本件事故との間には因果関係はない。

6  同3のうち、原告らの法定相続分が各二分の一であることは認めるが、その余の事実は知らない。

7  同4は争う。

四  被告国の抗弁

仮に被告国に責任があるとしても、本件事故の時間、場所、被害者の年令等からみて、本件事故は宏幸の監督義務者である原告らが宏幸に対する指導、監督義務を怠つた過失にもよるのであるから、右過失は損害額の算定につき参酌されるべきである。

第三証拠 <略>

理由

一  (本件事故の発生)

原告らが亡宏幸(当時五歳昭和四五年八月二一日生)の両親であること、同人が昭和五一年二月一四日那珂川に設置された本件堰の魚道西端部付近の水深部に転落して溺死し、本件事故が発生したことは当事者間に争いがない。<証拠略>によれば、宏幸は友人の小森光男(当時五、六才)と共に本件堰付近でブーメランを飛ばして遊んでいたところ、同日午後四時四〇分ないし五時ころ、那珂川に転落し、間もなく引揚げられたが、同日午後五時三〇分ころ、収容先の病院の医師により、死亡したものと判定されたことが認められ、右認定に反する証拠はない(なお、転落の経路等については後述)。

二  (被告らの責任の存否)

1  本件堰は農業用かんがい用水の取水目的で設置されたものであり、被告改良区が所有、管理しているものであること、那珂川は一級河川であり、同河川の管理は被告国の行政機関の建設省の長である建設大臣が行うことは当事者間に争いがない。なお、原告は、「本件堰が河川法上の兼用工作物であり、被告らの共同管理に属するものである。」旨主張するが、右主張事実を認めるに足りる証拠はない。むしろ、<証拠略>によれば、本件堰は河川管理者である建設大臣による河川法二六条の許可を受けて河川管理者以外の者である茨城県が設置したいわゆる許可工作物であり、その施設に治水的効用を求める必要はないので同法一七条の兼用工作物ではなく、かつ、被告らの共同管理に属するものでないことが認められる。

2  そこで、那珂川ないし本件堰の管理ないし保存に瑕疵があつたかどうかについて検討する。

一般に、公の営造物(民法七一七条にいう土地の工作物についても同じ)の管理ないし保存に瑕疵があるとは、その物がその種類に応じて通常備えているべき安全性を欠く状態をいうが、右にいう通常備えているべき安全性とは通常予想される危険を前提とする。河川の場合についてみるに、河川は自然に存する状態で既に危険を包含するものであるから、河川管理の目的は河川の洪水などによる災害発生を防止したうえ河川が適正に利用され及び流水の正常な機能が維持されるようにこれを総合的に管理することによつて国土の保全と開発に寄与し、もつて公共の安全を保持し、かつ、公共の福祉を増進することにある(河川法一条)から、右のような河川そのものの機能の喪失、減退等に伴う災害等の危険に対する安全性を指称すべきものであり、本件のような河川への転落事故等に対する関係では、河川管理者は直接的には安全管理責任を負うものではないと解するのが相当である。

しかしながら、本件の場合は、前記認定のように河川管理者である建設大臣の許可に基づき本件堰を那珂川に設置して、河川の従来の状態に変更を加え新たな状態にしている場合であるから、この様な場合の河川の安全については、前示河川管理の本来の目的にとどまらず、河川への転落等についても被告改良区の責任の場合と同様に、本件堰の構造、用法、場所的環境、利用状況等諸般の事情をも総合考慮して具体的、個別的に判断しなければならない。

ところで、<証拠略>を併せ考えれば次の(一)ないし(八)の事実が認められ、右認定事実に反する<証拠略>はいずれも措信し難く、他に右認定事実を左右するに足りる証拠はない。

(一)  本件事故現場は、本件堰の魚道、舟通し付近であるところ、本件堰は那珂川の上流部で緒川との合流点から約一キロメートル下流の左岸に設置されたものである。

(二)  本件堰北側(左岸)は幅約二〇ないし三〇メートルの河岸平坦地(いわゆる高水敷)を経て高さ三〇ないし四〇メートルの草木の繁茂した急斜面(崖地)となつている。その崖地上は台地となつており、同台地は茨城県那珂郡大宮町三美地内で、同地は県道茂木・大宮線が東西に走り、同県道をはさんで南北両地域とも殆んど畑地である。右台地上には別紙第三見取図(二)点付近に、季節的に開かれる割烹店(別紙第二見取図(D)の建物)一軒が存する以外建物等は存在しない。

(三)  右台地から本件堰に近づく方法としては、別紙第三見取図の第一階段を下りる以外人の容易に通行できる通路はない。右階段は、従来同見取図(二)点付近から同見取図(乙)の水門付近に至る道幅の狭い公道が存在していたところ、同見取図(丙)の管理小屋に行くのに便利なように被告改良区側の要望により茨城県が設置して被告改良区に譲与したもので、長さ五五メートル、幅員一・五メートル、段数一二〇段で鉄製である。本件事故当時には右第一階段入口に扉が設けられていなかつたが、後記株木建設の手によつて同出入口に「工事関係者以外の立入を禁ず」る旨の立札が立てられていた。右第一階段下端平坦地の南へりには同見取図(丁)点付近から(乙)の水門上まで金網の防護柵が設けられ、右水門上部及び頭首工上部の橋道(跨川橋)の各入口にはそれぞれ扉及び立入禁止の立札が設置されている。右管理小屋のある平坦地から河岸平坦地までの間には同見取図の第二階段(長さ一二メートル、幅員一・二メートル、段数二五段、コンクリート製)が設けられている。なお、河川区域は右第二階段以下の地域である。河岸平坦地は下流河岸に向つて堤防となつて広がつており、堤防上には自動車の通行によつて自然に形づくられたとみられる幅員約二メートルの道路状のものが同平坦地から川べりに沿つて川下に向つて延びている。右道路状の土地は本件堰の下流約二キロメートルの地点で公道に接する。

(四)  右河岸平坦地の川べりから本件堰(小場江頭首工)が水流域上に構築されている。その頭首工左岸の川べりは、別紙第三見取図及びS―S′断面図のようにコンクリートブロック敷の擁壁によつて護岸工事がなされており、右擁壁の川際は高さ四ないし五メートルの斜面になつていて、この斜面下端に続き幅約二・五メートルの平坦なコンクリートたたきが水流域に突出して存し、その南側に舟通し(幅員約三メートル)、次いでさく河漁類のさく上のための魚道(幅員約四メートル)が接して存在する。右ブロツク敷擁壁の斜面部分にコンクリート製階段が設けられているが、第二階段下端から右舟通しに至るまでの間には防護柵のようなものは設置されていない。

(五)  本件事故当時は本件堰での取水時期(例年四月一〇日から九月一五日ころまでの間)ではなかつたが、県営事業として本件堰の付帯施設である魚道・舟通しの延長工事等が株木建設の請負でなされていたため、同工事の都合上、本件堰(頭首工)の左岸側(北側)のゲート二門が下げられ水流は堰止められていた。そのため当時、ゲートより下流部分の水深はごく浅く、また舟通し・魚道上にも水は僅かしかなかつたが、その西側上流部分には水が溜つていた(水深約一・四メートル)。右舟通し・魚道の西側を含めゲートの上流部分の水位が上昇していることは、一見して容易に分る状況にあつた。

なお、当時、右工事関係者によつてコンクリートたたきから舟通し・魚道の間の障壁に幅約二〇センチメートルの足場板が渡され、かつ、魚道の仕切上に土のうが積まれてあつたため河岸から魚道の上流寄り先端(即ち西端)に容易に至ることができる状態にあつた。

事件事故当日、宏幸は保育園から帰つて後、友人の小森光男と共に自転車に乗つて本件堰に遊びに来た。第一階段入口付近に自転車を置き、第一階段、第二階段を下りて左岸平坦地に至り、その付近でブーメランをとばして遊んでいたところ、ブーメランが河中に落ちたため拾い上げようとして、コンクリートたたきの部分から(恐らくは前記足場板、土のうを伝つて)舟通しをこえて魚道に至り、魚道西端付近(コンクリート床)に降り立つた。そしてその付近に浮かんでいたブーメランを拾い上げようとするうち、誤つてコンクリート西側の水深部に転落して溺死したものと推認することができる。なお、原告ら主張の転落個所は、別紙第三見取図の(ハ)点にほぼ一致する。

(六)  本件堰より上流五〇メートル、下流一〇〇メートルは禁漁区に指定されており、右河岸平坦地上にその旨の立札が立つている。同河岸平坦地には人の集まる施設や子供の遊び場的施設は何ら存在しない。本件堰付近に鮎を釣る人が那珂川の鮎解禁時期(六月から一〇月ころの間)に近づくことはあつたが、宏幸くらいの年少の子供が来ることはなかつた。

(七)  小場江堰は江戸時代から現在とほぼ同じ場所に設置されていたもので、現在の本件堰は茨城県が昭和四四年九月二六日建設大臣から河川法二四条及び二六条の規定による許可を受けて工事を実施し、昭和四五年三月三一日完成させ、昭和四六年九月三〇日被告改良区に譲り渡されたものである。以後被告改良区において本件堰を管理しているが(この点は当事者間に争いがない)、同堰完成後現在まで同堰付近で那珂川への転落事故はなかつた。また、本件事故以前に被告改良区の組合員(原告方も代々同組合員である)を含め地元住民が被告改良区ないし国に対し第一階段入口に扉を付けるなど転落防止措置を講じてもらいたい旨要望したこともなかつた。

(八)  原告らの居宅から本件堰までの距離は、一キロメートル余りで当時五歳の幼児にとつては相当の遠距離である。原告勝一は本件事故以前に宏幸を本件堰付近に連れて来たこともなく、本件事故当時、宏幸が本件堰に行くことを全く予想もしなかつた。

(九)  以上の認定事実によると、宏幸が遊び場でもない本件堰付近に近づいて遊んでいたために本件事故が発生したものであるところ、本件堰付近は前記のように人家から相当離れた、いわば崖下の場所であり、同場所には人の集まる施設や子供の遊び場としての施設等が全くなく、かつ、堰付近の流水域が禁漁区に指定されており、本件堰完成後現在まで同場所付近で本件事故以外には転落事故は全くなかつた状況下にあつたのであるから、本件堰付近に子供らが近づき転落するおそれがあると通常予想されるものとは認められない以上、本件堰の所有者兼管理者である被告改良区及び河川管理者である国が原告ら主張のような危険防止の措置をとらなかつたとしても、直ちに被告らに本件堰の管理ないし保存上の瑕疵があつたとは言えない。したがつて、被告らは、本件事故による原告らに対する損害賠償責任を負担していないことに帰する。

三  (結論)

そうすると、原告らの被告らに対する本訴請求は、その余の点について判断するまでもなくいずれも失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 龍前三郎 大東一雄 山本哲一)

別紙見取図 <略>

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